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性悪説の作家。ギリシャからやってきた奇人!ヨルゴス・ランティモスの世界!

変なダンス!不条理すぎる展開!唐突なショック描写!

本コラムは、映画界に突如として現れた鬼才、ヨルゴス・ランティモスのフィルモグラフィを全力で振り返る特集です!知っている人も、知らない人も、このクセが強すぎる映画界随一のホヤ(珍味)を一緒に味わって見ませんか?

ヨルゴス・ランティモスYorgos Lanthimos, THE LOBSTER, Fantastic Fest 2015 -9674.jpg

カンヌで賞を連続受賞!?謎の新鋭「ヨルゴス・ランティモス」って誰だ!?

2019年初春。毎年恒例の映画界最高峰の式典、アカデミー賞の熾烈な争いに、突如として現れた一人の男。

「怪作」としか喩えようの無い摩訶不思議な作品を引っさげて、ギリシャの広告業界から殴り込みを掛けてきたその男こそ、ヨルゴス・ランティモスその人である。

監督作「女王陛下のお気に入り」は18世紀のイングランドを舞台にした宮廷劇。心体共に病み切った女王の寵愛を巡って媚を売り、蹴落とし合う二人の女を描いた本作はアカデミー選考員の度肝を抜いた。

荘厳なる宮廷に貴族王族の醜い人間模様がひしめきあう様を、魚眼レンズの歪んだ視界で捉えて行く異質さ極まる作風。オリヴィア・コールマン、レイチェル・ワイズ、エマ・ストーンといった名女優達の怪演も合間って、不可思議で異様な二時間が観客の露悪嗜好を極限まで刺激する。

時代考証を無視し、リアリズムをもかなぐり捨てて、徹頭徹尾、人間の醜を見せつけておきながら、最後には暖かな涙まで流させるヨルゴス・ランティモス。彼の次なる作品を、世界は今、固唾を飲んで待っていると言っても過言では無い。

ヨルゴス・ランティモスはギリシャ生まれの46歳。


映像作家としての初期キャリアは本国ギリシャでのMV監督やCM撮影が主で、長編映画監督としてのデビューは、親友と妻の不倫現場を目撃したことが原因で人間関係が崩壊していく様を描いた2001年の「My Best Friend」(日本未公開)。続く2005年には、三人の男女がオフシーズンのホテルで殺人事件の再現映像を撮ろうとする様を描いた「Kinetta」(日本未公開)を発表する。

そして2009年、世界から隔絶され、父親による異常過ぎる教育を受けて育ってしまった3人の兄妹を描いたサスペンス(いやほとんどホラーだが……)「籠の中の乙女」でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門のグランプリを受賞。これを機に作品が大きく世界に輸出される事となる。

その後も、故人の”真似”をする事で遺族の心の穴を埋める特殊なサービスを描いた「Alps」(こちらも日本未公開、早く誰か権利買ってきて!!)を2011年に公開するなど精力的に活動していた。


2015年公開の「ロブスター」は、コリン・ファレル、レイチェル・ワイズなどの今ではすっかりランティモス映画の常連となったキャストを迎えて、独身者をホテルに強制隔離しカップルを組むように促す悪夢的世界を描いた。

本作ではカンヌ国際映画祭において審査員賞を受賞し、ヨーロッパ映画賞では脚本賞を受賞するなど如実に頭角を表し始める。

2017年には、再びコリン・ファレルとタッグを組み、家族に忍び寄る不条理な悲劇と犠牲を描いたホラー、「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」を公開。更に磨きの掛かった不気味な世界観と救いの無い展開に世界中が震撼する事となった。


そして、翌2018年。「女王陛下のお気に入り」を公開。

2010年度 外国語映画賞(「籠の中の乙女」)、2016年度 脚本賞(「ロブスター」)と過去にも二回、ノミネート作に名を連ねたが受賞を逃してきたアカデミー賞を本作でようやく掴む事となる。女王役を演じたオリヴィア・コールマンに主演女優賞が贈られ、英国アカデミー賞では作品賞という栄誉に輝いた。

ロブスター

ランティモス映画の強過ぎるクセ!彼は一体、何を描こうとしているのか……。

彼の映画を一作でも見たことがある人は皆、口々に言います。

「悪趣味」「意味不明」「陰惨」と。

これらの印象は、彼の映画を語る上で非常に正しい捉え方です。なぜなら、

「My best friend」、「Kinetta」、「籠の中の乙女」、「Alps」、「ロブスター」、「聖なる鹿殺し」、「女王陛下のお気に入り」どの作品もテーマとなるのは人間の愚かしさや醜さだからです。言ってしまえば、悪趣味なのは確信犯。綺麗事や正しさなど、人間にとっては守りきれない約束事に過ぎず、結局は破綻し、互いに陥れ合うものだろうという冷笑的な視点が彼の作品の根底にはあるのです。

画面内で起きている出来事は、どれも陰惨で救いのないものなのに、どこか乾いた笑いのテイストが漂っていて、みっともなく傷付け合う人間の業そのものをまるで神の視点から観察するような超然的ジョークセンス。

ドラマティックな演出も、コメディリリーフな編集もされていない半ばドキュメンタリックな映像だけで見せつけられる醜い人間模様に、観客の中にもいつしか「他人の失敗」を思わず笑ってしまうような悪趣味な快楽が首をもたげてくるのです。

それこそが、ヨルゴス・ランティモスの狙い。人が本来、隠し持っている醜さを淡々と、且つ徹底的に見せつける事で、それを見る観客の黒い部分までも引き摺り出そうとする。

劇場の暗闇の中で、ひっそりと露わになった後ろ暗い快感を撫でるように刺激して、「ほら、あなたもおんなじですよ」と問い掛ける。なんて意地悪な男なのでしょう。恐ろしいですね。

かつての映画界を席巻した巨匠、スタンリー・キューブリックは「時計仕掛けのオレンジ」という作品で、モラルも倫理も持ち合わせない男が暴力の限りを尽くした結果、人間性を剥奪され、暴力の一切を行えないようにされる様を描きました。

洗脳を受け、かつての被害者達から復讐をされても何の反撃もする事が出来なくなった主人公の姿に、我々観客が少なからず同情や共感を覚えてしまう危うさを突きつけたのです。

「暴力も非道も何一つ自分の意思で行うことが出来ないように矯正された人間は、果たしてそれでも人間なのだろうか?」

と、心の中で感じてしまう事こそがキューブリックの狙い。人間とは、決して清く正しいだけの生き物ではない。野蛮で、自分本位で、自由の為に他者を蔑ろにする生き物でもあるのだと観客の心理をも利用して語って見せたのです。

ヨルゴス・ランティモスの作品も同じ。悪人と善人の二項対立でも無く、誰もが良い人と描くのでもない、性悪説の作家。それこそがヨルゴス・ランティモスの作家性なのです。

とはいえ、彼の作品の多くは「時計仕掛けのオレンジ」と比べて見ると、登場人物達の”極悪”ぶりが今ひとつ足りないような気もします。もっと卑属で、矮小で、等身大の醜さが描かれているようにも。

例えるならば、そう。「昼ドラ(ソープオペラ)」的なのです。

そういえば、「女王陛下のお気に入り」は公開時に英国版”大奥”なんて銘打たれてましたね。「大奥」は放送時間こそ夜でしたが、日本を代表するソープオペラと呼んで差し支えないでしょう。

女王陛下のお気に入り(C)2018 Twentieth Century Fox

人間関係の中に潜む醜さや猥雑さを露悪的に楽しむのが醍醐味のソープオペラに、ちょこっと一手間、暗黒さを加える事でより深い味わいが出る。

この事は、90年代にデヴィッド・リンチ監督がドラマ「ツイン・ピークス」で世界的なブームを巻き起こして証明していました。

平和な田舎町と思われたツイン・ピークスで女子高生の他殺体が発見され、FBI捜査官がやってくるのですが、捜査を始めてみると、平和な林業の町ツイン・ピークスの隠された裏の顔が次第に見え隠れし始める。

不倫浮気は当たり前。しまいには黒い組織との繋がりや、古くから伝わる忌まわしい伝承までもが顔をのぞかせる、暗黒のソープオペラ。

取り繕われた笑顔を引き剥がすと、そこには得体の知れない人間の闇が渦巻いているのです。

ランティモス作品も同じく、異常な設定や展開こそあれど、それは全て、登場人物の裏の顔を引き摺りだす為のきっかけに過ぎないのかも知れません……。

環境一つで常軌を逸した価値観すらも当然の事として受け入れてしまう様を描いた「籠の中の乙女」。

自由恋愛至上主義のグロテスクさを浮き彫りにした「ロブスター」。

家族という関係の脆弱性を生贄のモチーフと共に描いた「聖なる鹿殺し」。

愛や情が欲望によって容易く踏み躙られる様を描いた「女王陛下のお気に入り」。

人間の本性を奇抜な設定と生々しい人間模様で暴き続ける”告発者”。それこそがヨルゴス・ランティモスの正体なのです。

これからの彼が、どんな厭な映画を見せてくれるのか。ヨルゴス・ランティモス、注目する価値は大いにある作り手です。新作早く撮ってください!

今後も更なる活躍が期待される彼の作品を是非この機会に鑑賞してみては如何でしょうか?

(2019年10月現在の情報です。詳しい情報は公式サイトでご確認ください。)