今の日本の政治やメディアへの問題を鋭い視点で描き、異例の大ヒットを記録した映画『新聞記者』。その基になったノンフィクション「新聞記者」の著者であり、一人のジャーナリストとして戦い続ける望月衣塑子。
そんな彼女を追うドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』が現在、公開中です。望月を約10ヶ月密着し本作の監督を担当したのは、森達也。オウム事件を追った映画『A』や『A2』、ゴーストライター事件で話題となった佐村河内守氏を追った『FAKE』など注目度の高い作品を作り続けています。
今回は、映画『i-新聞記者ドキュメント-』を紹介していきます。
(C)2019「i 新聞記者ドキュメント」
新聞記者・望月衣塑子とはどんな人物なのか
今回の映画は望月衣塑子なくしては語れません。そんな望月衣塑子とはどんな人物なのか改めて紹介します。
(C)2019「i 新聞記者ドキュメント」
1975年生まれ東京都出身。慶応義塾大学法学部卒業後、中日新聞社へ入社。東京本社へ配属されます。
社会部で東京地方検察庁特別捜査部を担当し、その後、東京地方裁判所、東京高等裁判所を担当。経済部などを経て、現在は社会部担当。2014年から武器輸出や軍学共同の取材を開始します。
(C)2019「i 新聞記者ドキュメント」
2017年からは、森友学園、加計学園の取材チームに参加し、前川喜平文部科学省前事務次官へのインタビューなどを手がけました。そして、準強姦の被害を訴えた女性ジャーナリスト伊藤詩織へのインタビューや取材も行った人物です。
このことがきっかけとなり、2017年6月以降、菅義偉内閣官房長官の記者会見に出席して質問を行うようになるのです。
映画『i-新聞記者ドキュメント-』はどんな映画か?
映画『i-新聞記者ドキュメント-』のプロデューサーは、映画『新聞記者』を企画しました河村光庸です。この二つの企画を両方公開しようという構想がそもそもあった上で、ドキュメンタリー映画としては数々の問題作を作り続けてきた森直也監督に白羽の矢が立ったわけです。
【特報解禁】「#新聞記者」#河村光庸プロデューサー が、次に放つのはリアルの衝撃!「#FAKE」#森達也 監督が、東京新聞 #望月衣塑子 記者を通して日本の報道メディアの現在を辛辣に切り取る!全く新しいエンタテインメントの登場!#スターサンズ #i新聞記者ドキュメント pic.twitter.com/pdfHYZKvgf
— 映画「i ―新聞記者ドキュメント―」 (@ishimbunkisha) September 27, 2019
これまでの森監督作品も、本作同様にメディアの存在を強く意識したドキュメンタリーが多いのが特徴。映画『A』や映画『FAKE』なども本当に描きたかったのはメディアの在り方だと言ってもいいとコメントしているほどです。本作を引き受けた理由のひとつに、今度はそのメディアについて正面から向き合おうと思ったのがきっかけとなりました。
本作は望月衣塑子という新聞記者を通して、日本の報道とは、ジャーナリズムとは何かが描かれています。
映画『i-新聞記者ドキュメント-』で取り上げられる事件について
映画『i-新聞記者ドキュメント-』に取り上げられている事件はどれもみな、日頃からテレビや新聞などで目にしたことがあるものばかりです。ここで、一度整理してまとめて紹介してみたいと思います。
辺野古新基地建設問題
© Okinawa Prefectural Government. All Rights Reserved.
沖縄米兵による事件やヘリ墜落などを受け、住宅密集地に隣接する普天間基地の返還や縮小を求める動きが活発化。2006年、グアムへの移転による在沖縄海兵隊の人員削減、名護市の辺野古への普天間基地の代替施設建設が決まりました。
2019年2月に県民投票が行われ「移設反対」が大多数にも関わらず、辺野古での工事が強行されているのが現実です。特に埋め立てのために海中投入する土砂は「赤土の割合を10%前後にする」と沖縄防衛局と県が約束したにも関わらず、大量の赤土を使っている疑惑が生じています。これが本当なら、自然環境破壊につながる深刻な問題です。
伊藤詩織さん 準強姦事件
2017年10月、ジャーナリストの伊藤詩織さんが山口敬之元TBSワシントン支局長から性的暴行を受けたこと、その逮捕前に逮捕状の執行が取り止めになったことを記者会見で告発した事件。執行停止を決めた中村格刑事部長は菅内閣官房長官の秘書官を務め、山口元支局長は安倍首相の最側近である北村滋内閣情報官に、事件について相談していたという疑惑が報じられています。
森友学園問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2016年6月、学校法人「森友学園」に大阪府豊中市の国有地が破格の価格で払い下げられた事件。8億円もの値下げに理由が不明瞭なこと、安倍昭恵夫人と森友学園の籠池泰典元理事長と諄子夫人が親しい間柄にあったことが判明しました。
その後、財務省理財局が、国会に提出した国有地払い下げの経緯を記した文書より、安倍首相と昭恵夫人、籠池夫妻や森友学園との関係が書かれた記述を削除したことも判明。しかしながら、佐川宣寿財務局長は、交渉記録などは残っていないと国会で答弁していました。
加計学園問題
© 2017 KAKE Educational Institution
学校法人「加計学園」は2017年、52年間どこの大学にも認められていなかった獣医学部を新設する事業者に選定されました。この加計学園の加計孝太郎理事長と安倍首相は「腹心の友」と呼ばれていて総理が便宜を図ったとされています。
愛知県が作成した備忘録には、本件は首相案件と言われた旨が明記されていたのです。審査当時に文部省事務次官だった前川喜平氏も「総理の意向」と書かれた文書をこの目で見たとその文書の存在を認めました。
その後も、首相秘書官が学園関係者と官邸で面会していたことや加計理事長と安倍首相が面会した記録が見つかりましたが、加計学園獣医学部は予定通り開学しました。
監督・森達也とは?
映画『i-新聞記者ドキュメント-』の監督・森達也。彼が一躍注目を浴びることとなった作品は、オウム事件を扱った映画『A』や『A2』です。もともとはテレビ・ディレクターであった彼が、現在のようにドキュメンタリー映画を作るようになった経緯を紹介していきます。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1956年生まれ広島県出身。立教大学在学中より映画サークルに所属。石井聰亙や黒沢清などの監督作に出演していました。テレビ制作会社に入社し、その後フリーのディレクターとして活動。報道系やドキュメンタリー系の番組を担当していました。
1995年の地下鉄サリン事件が発生すると、テレビのドキュメンタリーとしてオウム真理教の広報副部長やほかの信者を被写体とした作品を手掛けます。しかし、制作会社と折り合いがつかず、後に劇場作品として『A』が公開されます。内外で高く評価され、一躍森達也の名を世間に知らしめました。
その後は、映画『A2』の公開、テレビ東京のメディア・リテラシー番組『ドキュメンタリーは嘘をつく』など、ドキュメンタリーを語る上で重要な作品を残しています。2016年には、ゴーストライター事件で話題となった佐村河内守氏を追った『FAKE』を発表。
映画のみならず、執筆業も意欲的に取り組んでいるのです。著書に「チャンキ」「A3」「ニュースの深き欲望」などがあります。
映画『i-新聞記者ドキュメント-』の心に残る名言
映画『i-新聞記者ドキュメント-』の劇中には、なかなか強烈な言葉が多く登場してきます。そこで、いくつか紹介してみたいと思います。すでにこの映画を観た方は思い出してみてください。
(C)2019「i 新聞記者ドキュメント」
菅官房長官会見での望月記者と官房長官のやりとりです。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「会見は政府のためでも、メディアのためでもなく、国民の知る権利に応えるためにあるものと思いますが、長官はいまの御発言を踏まえても、この会見は一体なんのための場だと思ってらっしゃるのでしょうか」
「あなたに応える必要はございません」
日本外国特派員協会での玉城デニー沖縄県知事の記者会見に出席した外国人記者は、会場にいる全員に質問します。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「ここにいるメディアのみなさんへの質問になってしまいますが、今の報道のありかたは公平で民主主義を体現していて、日本を前に進めることに貢献しているとお考えですか」
そして、森達也監督がふと口にします。
(C)2019「i 新聞記者ドキュメント」
「ここ数年間、望月記者は注目されているんですけど、ふと考えたら彼女のやっていることは政治権力に対して質問する、疑問があったらそれを口にする、追求する。これがなんで注目されなければいけないのか。そもそも僕はなんで望月さんを撮っているんだろう」
他にもぐっと心に刺さる言葉、事例の数々があります。ぜひ自分の目で確かめてみてください。
映画『i-新聞記者ドキュメント-』のタイトルに込められた意味
映画『i-新聞記者ドキュメント-』のタイトルですが、まず「i(アイ)」で始まっています。これまで、森達也監督の作品は、『A』とか『FAKE』、『311』などアルファベットや数字になっているものが多く、監督曰くタイトルに意味を込めるのが嫌いとのこと。
(C)2019「i 新聞記者ドキュメント」
本作の『i』は望月衣塑子の「I」とも取れますが、彼女から見えてくる「個(individual)」という意味にも思えてきます。劇中、望月はいろいろな場所を飛び回っていますがカメラを持って同行することに相手方の了解がある限りNGはなかったようです。
それは、彼女が組織人としての新聞記者というよりも「個」としてのジャーナリストとして動いていることに起因していると森監督はいいます。メディアだけの問題ではなく、私たち一人一人が「個」=「i」であり続けることが大切だと、この作品は私たちに訴えています。映画自体が何かをなし得ることはありません。それを観た人たちが何かを感じとっていくしかないということなのでしょう。
(2019年12月現在の情報です。詳しい情報は公式サイトでご確認ください。)
最後までご覧いただきありがとうございました!