恩田陸の小説「蜜蜂を遠雷」は、直木賞と本屋大賞のW受賞という快挙を成し遂げた話題作です。国際ピアノコンクールを舞台に繰り広げられる物語は、まるで音が聞こえてきそうな文章だと高い評価を受けました。
そんな「蜜蜂と遠雷」が映画化されることが発表されると、あの映像化不可能と言われた小説を一体どんな風に映画化するのだろうと、ますます話題となりました。今回は、2019年現在公開中の映画『蜜蜂と遠雷』を徹底的に紹介していきます。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
映画「蜜蜂と遠雷」とは?
蜜蜂と遠雷について解説します。
蜜蜂と遠雷の物語
3年に一度開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。若手ピアニストの登竜門と言われ、世界的にも注目を集めているピアノコンクールです。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
栄伝亜夜はかつて天才少女と言われ、その将来を有望視されていました。しかし、7年前、母の死を境に表舞台から退いていたのです。
そんな彼女が再起をかけてコンクールに臨みます。その会場で、3人のコンテスタントと出会います。
一人は高島明石。彼は妻子持ちで大手楽器店に務めながら、制限年齢ギリギリのところで最後のコンクールに挑みます。別の一人はマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。幼い頃、亜夜と一緒にピアノを学び、今はジュリアード音楽院に在籍。その実力を認められ優勝候補とまで言われています。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
そして、もう一人は風間塵。今は亡きピアノの神様・ホフマンの推薦状を持つ謎の少年です。この4人を中心に物語は進んでいきます。
それぞれが刺激し合い、互いに影響を与えていくのです。果たして、亜夜は自分の音楽を取り戻すことができるのでしょうか。
登場する4人のコンスタント
コンスタントとは、コンクールに挑戦するコンクール参加者のこと。亜夜を中心とした4人の若きコンスタントを紹介します。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
栄伝亜夜/松岡茉優
栄伝亜夜は、幼くして将来を期待された天才ピアニストでしたが、母の死をきっかけ表舞台から遠ざかっていました。
そんな亜夜を演じるのは松岡茉優。1995年生まれの東京都出身。子役から活動し現在に至ります。2018年に出演した『万引き家族』がカンヌ映画祭でパルムドールを受賞。
彼女自身は、日本アカデミー賞にて、優秀主演女優賞と優秀助演女優賞をダブル受賞しました。抑えた演技の中にある亜夜の感情を見事に演じていました。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
高島明石/松坂桃李
高島明石は、大手楽器店勤務のサラリーマンで妻子持ちです。「生活者の音楽」にこだわり、年齢制限ギリギリのところ、最後のコンクールに挑みます。
そんな明石を演じるのは松坂桃李。1988年生まれの神奈川県出身。映画出演が多く、主な出演作に映画『不能犯』、『娼年』、『居眠り磐音』、『新聞記者』などがあり、どの作品も話題に。
2019年には『孤狼の血』で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞しています。最新作は、声の出演をしている映画『HELLO WORLD』。どこにでもいそうで温厚な人柄を巧みに出しながら、明石のピアノへの思いが伝わる演技でした。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
マサル・カルロス・レヴィ・アナトール/森崎ウィン
マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは、そのルックスと実力からすでに人気のある若手ピアニスト。優勝候補と言われています。亜夜とは幼い頃、共にレッスンをした仲で、このコンクールで再会を果たしました。
そんなマサルを演じているのは森崎ウィン。1990年生まれのミャンマー出身。スティーブン・スピルバーグ監督に認められ、映画『レディ・プレイヤー1』でハリウッドデビューを果たします。その他、映画『クジラ島の忘れ物』、『母さんがどんなに僕を嫌いでも』など。
声の出演では『海の怪獣』や『トゥレップ』などもあります。森崎自身の生い立ちとカルロスが重なりあって、ピッタリな役どころでした。今後、国際派俳優として期待されています。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
風間塵/鈴鹿央士
風間塵は、養蜂家の父を持ち世界中を転々とした生活をしています。正規の音楽教育は受けておらず、自宅にピアノもありません。ピアノの神様であるホフマン先生からもらった音の出ない木のピアノで練習をしています。そして、そのホフマンがコンクールに送り込んだ“ギフト”が彼です。
そんな塵を演じてるのは鈴鹿央士。広瀬すずが自身の映画の撮影中、エキストラ出演していた彼を見つけてスカウトしました。。「MEN’S NON-NO」専属モデルオーディションでグランプリ受賞。
本作が役者デビューとなり100名を超えるオーディションで見事選ばれました。デビューのきっかけといい、本作で初出演といい塵の境遇そのもの。天才肌の役者です。
映画監督・石川慶とは?
石川慶プロフィール
石川慶は、1977年生まれ。愛知県出身。
東北大学で物理を学んだ後、ポーランド国立ウッチ映画大学に留学し演出を学びました。帰国後は短編映画などを作り続けキャリアを積み、ドキュメンタリーやCMなどを手掛けてきいます。
(C)2017「愚行録」製作委員会
2017年映画『愚行録』で長編監督デビュー。この作品でヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出されました。また同作で、新藤兼人賞銀賞、ヨコハマ映画祭と日本プロフェッショナル大賞にて新人監督賞を受賞しました。
映画『蜜蜂と遠雷』における石川演出
本作では、映像化困難とされた小説「蜜蜂と遠雷」の映画化に果敢に挑みました。
小説での音楽の表現は抽象的でしたが、それを映画という世界で具体的に表現することができたのです。
原作は上下巻の大作。これを2時間の作品に収めることは至難の業です。
監督はあるインタビューで、こんなことを言っています。「この映画は2時間の協奏曲。そのクライマックスに亜夜の演奏がある」と。
亜夜は他の3人との出会いの中で、自分自身を見つめ直し本来の自分を取り戻していきます。ほかのコンスタントもライバルでありながら音楽を志す同志として、自分以外の彼らの存在に触発されていきます。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
亜夜だけを描いてもクライマックスにはつながらず、皆の存在が作品として大きなうねりを生み出し最後につながっているように思えます。
また、石川監督はドキュメンタリーの演出もしているからか、人物へのアプローチの仕方が客観的です。モノローグもありません。ある意味、監督の目線で物語が進行していきます。その眼差しの先にある感情を観客に委ねているような演出に感じます。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
もうひとつの主役は音楽
本作では4人の出演者が吹替えなしで演奏シーンを演じています。それはまるで彼らが奏でているような演奏にみえますが、実際にはプロのピアニストがそれぞれのキャラクターに合わせて演奏したものを音源としています。
小説と違って、実際に音楽を聞かせることができるのが映画の強み。だからこそ、このシーンに妥協はないのでしょう。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
プロのピアニストとの共演
それぞれのピアニストのキャスティングも登場人物とうまくリンクしています。たとえば、劇中、亜夜が水筒を持ち歩いていますが、これは栄伝亜夜の演奏を担当した河村尚子も水筒を手にしていたところからきています。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
また、マサルの演奏を担当した金子三勇士はハーフですが、マサルも母は日系三世のペルー人、父はフランス人なのです。
明石の演奏を担当した福間洸太朗においても、華麗なキャリアを持ちつつも最後に受けた国際ピアノコンクールが明石と同じ28歳だったことや受賞した賞も同じなど共通点が。
塵の演奏を担当した藤田真央も18歳当時、本作に出てくるコンクールのモデルとなった浜松国際ピアノコンクールで優勝経験があります。まさに神童そのものです。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
こうして、複合的な音楽作りがあるからこそ、観客はそこで本当にピアノを聞いているような感覚を味わうことができるのでしょう。
映画オリジナル課題曲「春と修羅」
劇中の2次審査の課題曲になっている「春と修羅」。実際に存在する宮沢賢二の詩集を元に映画のために作られたオリジナル曲です。
劇中にも取り上げられているフレーズ「あめゆじゆとてちてけんじや」が広く知られています。賢二の妹トシが亡くなる前に最後にする願い事。「みぞれをとってきて、賢二お兄ちゃん」という意味の言葉です。
この課題曲をコンテスタント自身が発想し演奏するカデンツァ部分が物語の中でとても重要な部分。コンテスタントそれぞれの解釈がどうなっているのか、音楽とキャストが一体となって役を表現しているこのシーンは、まさにこの映画の見どころのひとつです。
原作・恩田陸にとっての映画『蜜蜂と遠雷』
恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」は、音楽を題材にした小説を書いてみたいというところから始まりました。構想から書き終えるまでに12年もかかった超大作。
小説にしかできないことをやろうと決心して書き始めた作品だそうです。そんな小説の映画化の話があったとき、なんて無謀な人たちだろうと思ったとのこと。
(C)2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
出来上がった作品に関しては、1本の映画として完成しているところが素晴らしいと感想を述べています。作品としての一体感があり、きちんと石川慶作品になっていると。
原作者も認める映画『蜜蜂と遠雷』の完成度の高さが窺えます。また、映画を観て改めて「人間同士でないと獲得できないもの。成長できないもの。それが、人の中にある。これが作品の中心なんかじゃないか」と思ったそう。映画というかたちになって改めて実感したようです。
蜜蜂と遠雷の劇中の使用楽曲
劇中で使用されている主な楽曲を紹介するとともに、どの箇所で使用されているか紹介します。それぞれのシーンで使われている曲がどんな曲かを知っていると、また映画の味わい方が違いますよ。
*ショパン 雨だれ
病弱だったショパンが数か月、身を寄せた修道院で聞いた雨音からインスピレーションを受けて作った曲とされています。本編では、冒頭部分からの回想シーン、幼い頃の亜夜と母の連弾曲として使用されています。
*J.S.バッハ 平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番 前奏曲
バッハの代表作といわれている曲です。チェンバロやオルガンの練習用に作られました。亜夜が、コンクール会場に現れるシーンで使用されています。
*J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番 前奏曲
チェロのバイブルといわれている曲で、人気と知名度は抜群。元は練習曲として作られました。マサルのジョギングシーンで使用されています。
*ドビュッシー 月の光
詩人・ヴェルレーヌの「月の光」からインスパイアされて作られた曲です。夜空に見える月を眺めながら、亜夜と一緒にいた塵がこの曲を弾き始めます。
*H・アーレン IT‘S ONLY A PAPER MOON
ジャズのヒットナンバーとして広く知られている曲です。亜夜と塵の二人のセッション、月の光~のムーンメドレーで登場します。
*モーツァルト レクイエムより「レクイエム・エテルナム」「キリエ・エレイソン」
死者のためのミサで演奏されるのがレクイエムです。歌詞にはラテン語の典礼文が引用されています。ピアノの神様といわれたユウジ・フォン・ホフマンの追悼のため、芳ヶ江国際ピアノコンクール第10回記念の屋外コンサートのシーンで披露されます。
*プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 第4楽章
難しい曲が多いと言われているプロコフィエフの協奏曲の中でも、最も難しい曲です。マサルが本選で演奏します。
*バルトーク ピアノ協奏曲第3番
ハンガリー民族音楽の研究に実を投じたバルトークが亡くなる直前に作った曲です。3楽章で構成されています。塵が本選で演奏します。
*プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番 第1楽章、第3楽章
プロコフィエフの最高傑作と言われています。非常にバランスのとれた楽曲です。亜夜が本選で演奏します。
映画『蜜蜂と遠雷』まとめ
小説や漫画を原作とした映画だと、ただ映像化したかったという作品もあります。本作がそれと違うのは、映画としての着地点がきちんとあるからです。
あとは、観客がどう感じてどう受け取るか。ぜひみなさんも映画『蜜蜂と遠雷』を体感してみてください!
(2019年10月現在の情報です。詳しい情報は公式サイトでご確認ください。)